「リアル・スティール」も観た。
なんだか最近「けいおん!」だらけなので。
一応ネタバレ。慎重に。
ストーリーは公式を見てください。
まず、映像が綺麗です。一種ロードムービーなので、米国の田舎町とか、古い街並みが残る都会の描写とか、引きの広角レンズで押さえた絵面がとても気持ちいい。
主人公がボクシングに打ち込んだ往年のジムの入居するビルヂングの美しいこと!
一方、根本的な設定については、予告編では大いに萌えた(燃えた)のだが、実際に鑑賞してみると、今から10年後くらい未来の話なんですが、格闘技をロボットにやらせて、それに熱狂する「人類」って、ありなのかなと。
「レイジング・ブル」「ロッキー」「シンデレラマン」と過去に見るものを熱くさせた作品は多々ありますけど、それは試合に臨む「ヒト」としてのドラマがそこに同時に描かれていたから「萌えた」のであって、本作に登場するロボットたちにはそれ=感情を吐露する設定がないのです。
言葉も話さなければ、使い手に対する意思の伝達手段もない、ただの娯楽としての道具としてしか描かれません。
象徴的なシーンがあります。
ある取引のため中座した主人公から取り残され、試合前の控え室でロボット「ATOM」が鏡に映る自身を真似て「静止」しているシーン。
こんな悲哀を受け止めるだけのテーマと演出がこの作品にはない。
ロボットを「調教」するシーンがありますが、ゲームヲタとはいえ、所詮子どもは子ども。
かつて激戦を経験した大人にはかなわない。
終盤の見せ場に繋がる描写なのですが、主人公が何故躊躇するのか、イマイチわからんのですよ。
実の親子の葛藤と成長は垣間見せるものの、所詮ロボットはそこには介在できない。
格闘ロボットを操る「ヒト」に対して、観衆はそこまで熱くなれるものなのか。
それは人類のバッドエンドでしかないと思います。
どこかの映画でありましたけど、行くつく先は擬似戦争をぼやーっとTVで眺める人々、という。
そんな風に感じてしまった作品でした。
それと、幼い頃見た特撮作品「マッハバロン」のED曲だったかな。
そいつの歌詞を思い出しました。
マッハバロン 眠れ眠れ
お前の使命を 終らせてあげたい
戦う機械で なくしてあげたい
阿久 悠はんの作詞でたね。