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アニメ「たまこまーけっと」10話、雑感・初稿~2稿、校了。


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アニメ「たまこまーけっと」10話、雑感・初稿。
写真は出町商店街の呉服店の店先です。

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10話で「みどり」がおじいちゃんのおもちゃ屋へ向かう背景として描かれています。
実際の商店街でも、この並びは変わりません。確か、イカワトーイはんの隣に井上呉服店はんはあります。

こうやって、PR用のキャラを創るってのは関西圏特有の文化なのかな、と思います。
実際、京都に旅すると、公共掲示板にもこういう2次元的なキャラが多く使われている気がします。

これも2013年1月4日に撮ったもの。

文化祭のポスター、「USA」っていくらうさぎ山田からって、それは。。。っと、敢えて書いてますと。

9話のジャンプカットに違和感を感じなかったのは、「たまこ」と「チョイ」の位置関係が文字通り「跳び」変わっていることによる。
わずかばかりの時間の経過を端折って進行できるというわけだ。10話でも演出・編集の意図するところは似ていて、体育館のシーンも、「たまこ」たちが「みどり」の部屋で喧々囂々やり合っている様も時間の経過を表そうとしているのだが、こっちのジャンプカットは同じ手法でも違和感を覚えます。何故でしょう。
恐らくそれは、人物の配置が同じだからです。違うポーズをとってはいるが、ポジションは変わらない。
これなら同じ時間の経過を表現するにしても、ディゾルブ(クロスフェードorオーバーラップ)を使ってもよいし、そうした方がよかったと思う。
コンマ数秒から1秒ごとの糊代が必要なので、作画量が増えるんでしょうけど。
逆に言うと、今話の編集は作画の手抜きの表れと言えなくもない。校門の膝下だけの作画も「けいおん!」からの系譜というのはたやすいが、同様の理由で省エネ作画ととられるリスクを孕んでいる、とも言える。

ジャンプカットで繋ぐなら、人物の配置を換えるべきだったと思います。ないし、この二つの組み合わせでもいい。
最初に戻りますが、9話の自然なそれを見せられた後だから余計にそう感じたんでしょうね。
だって、アバンでしょ、体育館、出初式のとこでしょ、「みどり」が自室で悪戦苦闘するとこでしょ(ただし、「痛い!」からの、金子はんの演技はエロかったです。。。これは狙いましたね。。。すみません)、「みどり」のおじいちゃんのおもちゃ屋でしょ(ちゃんと、おじいちゃんが「謝ることが大事」とAパートラストの熊の件と絡めてきてる作り)、「たまこ」んちで、「かんな」が黒かんなを遺憾なく発揮しているとこでしょ、「みどり」んちで、「かんな」の「ご尊顔が。。。」の台詞後に、「たまこ」が「みどり」に抱きつく流れで、なんでカット割が必要なの、とか、多すぎだよ、ジャンプカット。しかもすべてが時間経過としての演出に終始していて、げんなりです。

少し調べれば、本来のジャンプ・カットの使われ方、というのはお分かりいただけるかと思います。
その本来の使い方をせず、ただ時間経過&作画の省エネ的な使われ方をしている風に見えたものですから、こうして書いてます。

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「みどり」は「たまこ」に電話して、「調子はどうかなっ?」て訊きます。「たまこ」から順調!と返され、「みどり」は焦りますね。

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ここで「みどり」が脚で挟んだ熊の縫いぐるみが2回インサートされますが、表情が違うのに気づきましたか? 2回目のそれは明らかに怒ってます、というか、そういう風に描かれています。眉毛にあたるシームの角度を微妙に変えてきてるんですね。そしてこのシークエンスの最後、「みどり」は熊から叱られます、という。

今話は、「みどり」が弄られる回なのかも。

続きはこの週末に、このエントリにタイトル直して上書きします。

【3月16日追記】

「たまこ」のノートの衣装イメージは、貴船ちゃん」を描いた人と同一とは思えなく。。。

「ええ!時計塔!」から、「ああ、びっくりしたあ」に至るショットでの「たまこ」の表情、相手からの返事を耳に集中し、その答えに安堵するまでの流れ、多彩かつ、何だか意味深ですね。ここはすごく好きです。 「撮るよ(盗るよ)、『たまこ』を」と独りごちる「もち蔵」が相変わらずヘタレかつ切ないですね。

裁縫する「チョイ」が「たまこ」に例の「香り」を感じるシーンで、 「チョイ」から鏡台の花へのピント送り は演出的な何かを意図しているのでしょうね。「前から訊こうとしていたのだが。。。」。電話のベルに遮られる「チョイ」の「たまこ」への問いはいったいなんなのでしょうか。「その香りは何処から?」 「何故『たまこ』は(わたしが知っている)『あのひと』と同じ香りがするのか?」てなところを妄想しました。

「星とピエロ」マスターの今話の至言? 「音楽が音だけで出来ていると思うと、それは間違い。。。 静寂もまた、音楽の一部。。。」
これに対して「みどり」は「それって、焦るなってことですか?」と訊きかえします。マスターは「そう聞こえますかあ」。。。と。
やりとりの後、「みどり」はCOFFEEからも叱られます。 「熱っ」てね。これは何かと妄想すると、物事には相手がいる。音楽なら、奏でる者の「聴き手」として聴き入る者がいる。そこにはすでにコミュニケーションが存在している。物事はそうやって、相対するものとの関係で成り立っている。独りで焦るな、ではなく、相手に心を開け、相手の存在を感じろ、ということなんでしょう。

「みどり」の教室を覗く「かんな」の頭に載る「たまこ」のお下げ、微笑です。と言いますか、このお下げ、生きてます。

「おトイレ」この言い方は嫌いです。なぜなら、矢作俊彦はんが作中(たしか『マイクハマーへ伝言』、、、いや違う。『舵をとり風上に向く者』に収められた短編、『白熱』だったと思う)でその言い方は下品、と書いていたからで、氏のこの記述を読んで以来、わたしはこの言い回しが嫌いです。「トイレ」「お手洗い」でいいでしょ。「史織」にこの台詞を言わせた脚本と製作は。。。

そして、「みどり」の部屋の一連のシークエンスです。「かんな」に出来損ないの振り付けコンテを見つけられ、「嫌っ!」とマジレスする「みどり」。今回、ホンマに金子はん弄りが全開ですね。救急車のサイレンを被せるあたり、まさかの「みどり」骨折?とか思わせといて、何も起こらない。でも、レスキュー・パートに突入するのはホンマですね。
落涙する「みどり」に慌てふためくデラを含めた4人のほか、熊の縫いぐるみが見つめているのがいいですね。

件の意味不明なジャンプカット(ではない。ここではただのカットつなぎ)の後、「デラ」が道化を演じるあたりは、流石ミスター。ナイス・アシストです。こういう、場の空気を変えてくれるヒト(ここでは鳥だが)は実世界でも貴重なので、ここの描写は好きです。

「部長は部員をこき使うものですよ」という「かんな」の台詞は、リアルじゃちょっと痛い。そんな気持ちを抱けるのはあの位の年代と仲間という組織だからか。
同時に、ここでの「たまこ」のペコちゃん的舌ペロ演出。ここにきてようやく、「たまこ」が人間らしく描かれている気がします。ホンマ暖機に時間のかかるエンジンだこと。そしてこのシークエンス最後の「みどり」の台詞、「あんっ、くすぐったい」。。。いろんなとこが、いろんな感じになっちゃんってるんでしょう。まさか、これも狙っているのか? 全般、金子はんの今話の演技はぶっちゃけエロイです。

かたや、バトン・トワリング部の実技はエロくない! がっかりです。あと少しでいいから、絶対領域感を堪能できるコンテ、作画を期待したのですが。。。

オオラスの「チョイ」の台詞からの「たまこ」の表情、あれは「えっ?」を言わせずに、笑ったまんま(フリーズさせて)終わらせても面白かったかも、です。

まず、チョイの首輪のについて。7話で銭湯、そして「たまや」の風呂でも「チョイ」は首輪を外していません。これは製作の意図したものなのかどうか。また、「香り」についても、彼女の勘違い、という線は今話の「チョイ」から鏡台の一輪挿しへのピント送り演出からして大いにあり得ます。
ただ、黒子(印:しるし)にしても香りにしても、彼女の行動の基準となるものがこれまで提示されていないので、なんとも言えない、といいますか、いまさら「たまこ」の首のそれに気づくってのはやはり脚本が駄目なんでしょう。
3話の吉田はん回ではいい仕事をされた小川はんも今回は苦労したことでしょう。

横手はんが担当した今作における2話は、現場が苦労したんだろうなという感想です。

残り2話だそうで、「けいおん!!」「氷菓」と最終話は監督とキャラデザが担当されてきましたが、「中二病」「たまこ」は敢えて?異なるスタッフを配す。オリジナルではこの方向で行くのでしょうか。出版社が絡むと、やはり要請があるのでしょうか。

しかし、そろそろブロガーたちの間では予定稿の準備が行われているのかもしれません。
「なぜ、『たまこまーけっと』は、、、?」

©京都アニメーション/うさぎ山商店街


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