2月22日、映画「アメリカン・スナイパー」を観た。
【注意】ネタばれあります。
米海軍特殊部隊、ネイビーシールズに志願し、4回にわたりイラクに派兵され、多大な戦功を上げた主人公は、多くの兵士から英雄視され、伝説の狙撃兵となる。
しかし、彼の地イラクでは賞金首として手配書が回り、敵組織からも文字通り狙われる存在であった。
その結果繰り広げられる私怨ともいえる、敵狙撃兵との息詰まる攻防戦は見ものである。
しかし、それだけで終わらないのがイーストウッド監督。
照準器越しに無数の死の瞬間を見る羽目になる主人公は、他の多くの派遣兵同様、心に深刻な傷を負ってしまう。
自分が信じて行った、正しいと確信していた正義は、あまりにも脆く、所詮一方的な見方でしかない。
多くの帰還兵から慕われる主人公も、見方の違う者から見れば排除すべき邪魔者なのだ。
折りしも、昨日、アメリカ現地では被告に終身刑が言い渡された、
以上のような経緯を事前に知らずにおいてよかった。
。。。あくまで映画を鑑賞する上においてである。
カウンセリング相手の元海兵隊員に射殺された物語のモデル。
現実で起きたこの事件により、本作は急遽ラストの脚本を変更せざるを得なかった。
それがあのラストシーンである。こんな偶然があっていいものなのか?
そんなドキュメントがラストを感傷的に彩っている。
良いも悪いもアメリカ的だな、で済ます気にはなれない。重いエピローグである。
そこから暗転したエンドロールは無音という、これでもかという味付けがなされている。
どうして、こうも傑作を生み出せるかな、イーストウッド監督は。
一点気になったのは主人公と妻の間に授けられた赤ちゃん。
あれって作り物なのかしら?
終止顔を意図的に写していないし、動きもぎこちないのだ。