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米澤穂信はんの『いまさら翼といわれても〈後編〉』を読んだ。


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米澤穂信はんの『いまさら翼といわれても〈後編〉』を読んだ。

野生時代』2016年2月号、古典部シリーズ集中連載『いまさら翼といわれても』〈後編〉を読んだ。

軽いショックを受けた。

酒入っちゃったんで、雑感は明日改める。

【1月24日追記】
ネタバレあります。



今にして振り返ると、「古典部シリーズ」は『遠回りする雛』で一旦完結しているのだろう。
あの、えるの台詞は下げとしてこれ以上ないくらい秀逸だと思うし、古典部部員4人のおぼろげだけれども、それぞれの先を暗示・明示していた。もちろん、作中もっともはっきりと、自身の未来を覚悟し、そのために立ち振る舞ってきたのは、千反田える、彼女自身だったのだ。

その後刊行された『ふたりの距離の概算』では、2年生に進級した折木奉太郎千反田える、そしてゲスト出演の新入生を交えた古典部員の心模様が描かれる。
さらに、幾つかの短編が『野生時代』に掲載されたが、いまひとつ雲を掴むようなお話だったな、という印象だった。物語は停滞し、今後の古典部シリーズの雲行きも怪しく感じられ、更に言うなら、アニメの続編は遠い彼方だなあ、と思ったものだ。

そして、今回の『いまさら翼といわれても』である。
まずは、〈前編〉を読んで書いた感想、は見事に裏切られている。

www.menehunephoto.net

騙されたと表現しても良いくらい。それくらいショックだった。
えるが歌う? しかも合唱はえるのソロパートまであるというではないか! 映像化早よ! と書いた、私のインプレは、というか、読み手の私はまんまと米澤はんにしてやられたわけです。

だから、本編のタイトルは『いまさら翼といわれても』なのである。最初から予感できた読者っているのかしら。

完全ネタバレですけど、この短編で「えるは歌いません」
つまり、米澤はんはすっかり既定路線として定められたかのような古典部シリーズの物語展開を大幅に覆す方向へ舵を切った、ということ。しかし、それ込みで氏の頭の中にはこの筋があったのだ、ということまでは言えないんだけどね。
よねぽにしたら、これこそが既定路線です、ってことなのかもしれないし。

それにしても、ダークです。ダークネスです。
これじゃえるちゃんが鬱で死んじゃう!って、読後思いましたけど、このダークネス加減が本シリーズ(または米澤はん作品)の魅力でもあるのですが、「ふたりの距離の概算」でもそうだったけど、えるたそ苛め過ぎじゃないでしょうか、米澤はん。

しかし、この展開で、今後の古典部シリーズの展開に弾みがつくのは間違いようがないわけで、逡巡する千反田える折木奉太郎や伊原、福部、その他物語の主要キャラがどう絡んでいくのか。非常に楽しみになってきました。
もっとも、米澤はんは2016年の出版予定のインタビューで古典部の「こ」の字も挙げていなかったので、まだまだ先は長いのです。

それにしても、自身の先行きについて、深刻に捉えすぎじゃないでしょうか? もっと肩の力を抜きなよ、えるちゃん、と思わないでもありません。まだ高2なんだからさあ。
このあたりの私の疑問も、今後の物語に絡んでくるのでしょうけど。


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