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映画『ペンギン・ハイウェイ』を観た。【考察追加】


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映画『ペンギン・ハイウェイ』を観た

公開初日。ブルク9時の回。
未来のミライ』とは比べられんほど面白い! 追って書く。

【追記】【さらに8月19日追記】【8月20日考察追記】
若干のネタバレあります。



劇中、ひたすら強調されるお姉さんの「おっぱい」。
主人公の少年「アオヤマくん」が、物語序盤に連発する台詞、「おっぱい」。
「おっぱい」を模した「おっぱいケーキ」を口にする少年「アオヤマくん」。
小学4年生のくせに、おっぱいお姉さんにライバル的嫉妬心満載の女子「ハマモトさん」。
。。。といった具合で、本作『ペンギン・ハイウェイ』は恐らく女性陣には余り受けが良くない映画となってしまうかもしれない。夏休みのDTカップルは自重したほうが。。。
今日、結局2回観たのだが、周りの女性、特に女子のカテゴリに入る子達(JC)は退屈そうに見えた。
【追記】
しかし、別の回で観賞した際、隣席で観賞していた小学生と思しき女子は、劇中の四大泣かせどころ、
1)主人公の妹の、「お母さん死んじゃう」
2)主人公を見舞うお姉さんの告白で、正体を悟って涙する彼
3)主人公とお姉さんの別れ
4)エンディングの主人公の独白
で、しっかり涙ぐみ、鼻を啜っていたので、早熟な子もいるんだな、と思った。

不思議な存在感の歯科医勤務の「お姉さん」はそのキャラデザからして、エロイ。
決して峰 不二子的な色気ではなく、近所のどこにでもいそうな、でもナイスボディって女性、想像できますよね。
この「お姉さん」の所作がコンテ段階からエロイ。
本作は、「アオヤマ」という小4の男子と、この「お姉さん」のエピソードを軸に進行していくので、初手から観客の女子は蚊帳の外状態になりかねないのである。

逆に、男性、特に成人男性は見ていて、ニンマリしてしまうだろう。
そして、中盤以降、若干オーヴァー気味の劇伴(褒めてる)込みで涙を抑えることが出来なくなること必至。
少年の成長、二度と戻らない夏休み。そして、憧れの女性(そしてペンギンたち)との別離が描かれて、泣けないはずがないではないか。まさに正統派夏休みアニメ、ここに誕生。
1979年公開の劇場版『銀河鉄道999』を思い出した向きも多かろう。
そして、「アオヤマくん」と「お姉さん」の薄い本を。。。(略)。

ストーリーそのものは、完全なSF系ファンタジーであり、本作に理屈を求めてはいけない。
そういう意味では、『君の名は。』に通じるものがある。また、本作の場合、キャラクター造形と、小気味よく動くアニメーションそのものにより、ほぼフラストレーションを感じることなく、観続けることが出来ると思う。これは『未来のミライ』に感じたイライラ感とは真逆の印象だ。彼作は、年齢の差こそあれ、息子と父親、妹、母親という、家族との関係性込みで、ここまで突き抜けることが出来なかった点が痛い。あれは、現実世界の兄と妹の関係が幼すぎて、話にならない。

2009年にネットで話題になった『フミコの告白』を学生時代に監督した石田祐康(いしだ ひろやす)はんがいい仕事をしている。
冒頭のペンギンの瞳演出ひとつとっても、若さゆえの、「こんなこともやってやろう」という意気込みが伝わってくる。素晴らしいことだと思う。
※ペンギンの瞳のそれぞれに映るあれは、予告編で採用されてたけど、仕方ないね。
最悪、気づかないヒトいるだろうから。


とにかくよく動くシーンのひとつとして、主人公たち3人が、ある事象の観測基地を設営・運用するシーンを挙げておく。あんなにワクワクするアニメーションを観たのは何時ぶりだろう。
※アニメ『君の名は。』劇中で『前前前世』が被さるシーンがあったでしょ。本作には劇中歌はないんだけれど、あのシーンに『何か』歌つき劇伴があってもいい気がした。

ただ、これらを含め、視点としては、男子のフィルターを通して演出がされているため、繰り返しになるが、女性が観たら感化できない場面はあるかもしれない。
そういう意味では、『君の名は。』が、如何に同世代の男女両側から共感を生むよう設計されていたかがよく判る。
個人的には、新海 誠監督の『雲のむこう、約束の場所』の世界観を模したシーンがあったことを付け加えておく。

声優陣がまたイイ。主人公の「アオヤマくん」を演じる北 香那はんは、押さえた演技で好演。
「お姉さん」の声をあてた蒼井 優はんは、逆に幅広く抑揚を加えた演技で、実にイイ。
脇役の「ウチダくん」には釘宮理恵はん。「ハマモトさん」には潘 めぐみはんである。

パートによって、「お姉さん」の作画に差異がある点は否めないが、後半のそれは圧巻。
女性特有の胸式呼吸(反語=腹式呼吸)による、乳房の動作にも注目されたい。

パスタ(マ・マー)をご馳走になった後、寝入ってしまった、「お姉さん」の身体を舐めるように追うカメラ。これはまさに「アオヤマくん」の視点なのだけれど、このシーンの描写がもうやば過ぎ(彼にこんな邪な心情はないんだけどね)。
しかし、目線が「お姉さん」の臍へ移動したとき。。。
彼はブランケットを彼女のお腹にかけてあげるのだ。。。なに、この色男(笑)。
因みに書いておくと、「アオヤマくん」がそのあと寝入って、「お姉さん」の部屋から帰るのは、その日の夕方ですよ(笑)。一晩明かしていませんよ。

森見登美彦はんの原作は観賞後購入してこれから読むので、アニオリかどうかは現時点では不明だが、存外泣かされたエピソードとして、主人公の妹が、主人公に訴える「いのち」の件を挙げておく。前述したタイトルと比しても、この程度の子供が絡むから泣けるのだ。この場合、母親の職業は割愛して構わない。今作でも、兄妹の母親は専業主婦のようだが、このシーンに介入してくれてこのシーンの下げとなる。実に素晴らしい親子関係をこの数分のシークエンスで描くことに成功しているのだ。おかゆの件もね。
嫌な話になるけれど、「アオヤマくん」の暮らす世帯は、かなりの富裕層である。

ペンギンが何かの暗喩なのか、という点は、見ながら考えていたけど、ぱっとした答えは得られていない。「アオヤマくん」がノートに記録したグラフは、基礎体温の暗喩なのかな、とは思った。つまり、〈海〉の観測結果だものね。月経との関連はあるのだろう。
劇中、主人公のアオヤマと父親との会話の中で、「世界の果て」は案外近くにあるのかもしれない」というのがある。
そして、この仮定は、ウチダくんの発見、町の水路に果てがなく、ぐるぐる回っている、に通じている。
主人公の父親は、出張で町の外へ出かけているようだが、物語上、主人公ら、町の住人が町の外に出る描写がないのはそのため。
また、主人公とお姉さん、そしてペンギンたちが突入した、〈海〉の内部で描かれるこの世の果てが、この町の構造物だけでしかない点にも注目だ。
そして、ペンギンハイウェイをたどっていくと、お姉さんがかつて住んでいた海の見える町にたどり着く。

となると、この町自体が、全世界の象徴、つまり地球と仮定できないだろうか。そして町に発生した〈海〉はその名の通り、生命の発生したすべての源であり、生命のエネルギーを司るシステムそのものである。月の満ち欠けと、潮位は、女性の月経と綿密な関係性を持ち、そのサイクルがまた、生命を創り出す仕組みとなっている。「ハマモトさん」がこの事象に気づかないのはアオヤマくんから情報を与えられていないか、月経と関係ないからだろう。

となると、「お姉さん」と「ペンギン」は〈海〉からの影響を受けることなく、生存できない地球上のあらゆる生命の「象徴=シンボル」が具現化されたものではなかろうか。
であるがゆえ、この世に可視化され、存在してはいけないのだ。

然るに、この町の海が消えたということは、アオヤマくんにはこの町の外へ出て、思い存分研究し、成長できる素地が整った、ということなのだろう。
お姉さんと家族の言動から、少年はこの夏休みに、生命の何たるかを知ったのだ。

2時間という〈スタジオコロリド〉初の長編アニメーションに、原作ありを持ってきて、脚本は上田 誠はんという実績を置いたことで、スタッフは作画・動画に集中でき、まさに、水を得た魚となっている。

【追記】
盆踊りのシーンの「お姉さん」の着衣が、それ以外のシーンと対を成す、という点も興味深い。
各種イベントで、白プラス明色といういでたちの彼女が、ハレの舞台である祭りの盆踊りの晩、ブラックにチャコールの上下で現れたのは。。。制作側の色彩設計に訊きたいところです。
「お姉さん」が、劇中の社会と接点を紡いでいる歯科医でのいでたちが、ピンクのアッパーに、黒タイツのアンダー、という点も込みで。


東宝はんは、『未来のミライ』の失敗を上手くフォローする作品に恵まれたと思うし、特に男性は観に行って、深読みを敢えてしないことで楽しめると思う。
今後の〈スタジオコロリド〉争奪戦も目が離せない。元ノイタミナのPが絡んでるんで、どうなるのか。
なんにしても、オススメです!


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