米澤穂信の新刊『Iの悲劇』を読んだ。
非常に面白い。筆致が分かりやすく一般に寄せている感を持つ。
雑感を書かなかったが、前作『本と鍵の季節』は携帯電話(スマートホン)を与えられた古典部シリーズ(それでも主人公たち4人のうち、半分は携帯電話を持っていないが)みたいな気がして、余り響かなかったけれど、これはいい。グイグイ心に迫ってくる。笑いあり、涙ありで、すでに序盤からどっぷりである。
昭和と平成の大合併を経て誕生した南はかま市の市長の公約である〈蓑石町〉再生プロジェクト=「Iターン支援推進プロジェクト」の矢面に立たされた、たった3名の新設部署「甦り課」の担当者が巻き込まれる蓑石町での謎解きミステリーの数々が、笑いと涙を織り交ぜ、緻密な地方公務員業務の取材により描かれる。
実直な公務員たらんとする30手前の主人公と、明け透けで常識のない採用1年半の新人女性担当。そして定時の17時には必ずドロンするグータラ課長という紋切型の設定ではあるが、しばらくすると読者は軽く裏切られ、読楽のスパイラルに引き込まれていくという仕組み。頭に鮮やかな映像が浮かび、すぐさま映像化を希望するほどおもしろいし、〈よねぽ〉もそうなることを意識して書いているのではなかろうか。実写でもアニメーションでもいけそうな気がしますね。ちなみに、75ページと76ページの移住世帯の箇所をコピーしてマーキングしながら読み進めると一段と面白くなると思います。
しかし爽快に読み進めていくと、物語終盤、やはり〈よねぽ〉らしい重苦しい展開が待っていました。こうして最後まで読んでみると、グータラ課長が要所で豹変してみせる威勢の良さの真意が理解できて、ますます不気味です。米澤はんご出身の岐阜県飛騨市神岡町も数回の市町村合併を経験した雪深い閑村だったのかもしれません。限界集落と地方再生に関して考えるきっかけを与えてくれましたし。特に今般発生した台風15号の千葉県に与えた損害を考えると、物語内で語られる事象がリアルに響いてきます。
私的には主人公と親族がやりあう5章は涙なくしては読めませんでしたね。
7月に発生した京アニ事件で、米澤はんのブログ記事を拝見し、いたたまれない気持ちになりました。本作『Iの悲劇』は、事件前に上梓されたものでしょうが、事件が今後の米澤はんの活動に影響を与えないことを祈ります。