さあ、映画『さよならの朝に約束の花をかざろう』である。
※若干のネタバレを含みます。
※エロさ迸る表紙(レイリアの尻 ハァハァ・笑)のパンフレットは買っていません。
『あの花』『ここさけ』の岡田麿里が満を持して贈る、一大感動巨編!・・・だそうである。
監督・脚本として、また、初監督作品として岡田麿里はんの名前がクレジットされてはいるが、副監督(ソースを覗くと「チーフディレクター」とある)に篠原俊哉はん、さらに、コア・ディレクターに平松補史はん等々、サポートスタッフの名前もあるので、コンテや演出は、もちろん共同作業、ということなのだろう。
京アニはんのタイトルでも、例えば『聲の形』でも、監督クレジットは山田尚子はんだけど、パートによって、演出を他者に割り振っているわけで、それらを束ねる意味での「監督」ということでいいでしょう。
まず本作の凄いところを挙げておくと、人気声優、茅野愛衣はんと日笠陽子はんの二人を劇中で孕ませ、あんな台詞やこんな台詞を表現させている点。
声ヲタ諸氏は、聴いただけでおっきしそうな展開だが、特に日笠はんの演技についてはここだけでも観るに値するかもしれない。
先ごろ結婚された日笠はんだが、出産も近いのでは、という噂もあるので、そうなると、まさかの予行演習、といったところか。
※本作以前も妊婦役を演じられていたのか、menehuneは存じ上げない。
〈マキア〉を演じる、石見舞菜香(いわみ まなか)はんは存じ上げなかったが、演技は聴かせると思う。ただし、序盤から中盤にかけて、その控えめで説明が足りない台詞回し(脚本)ゆえ、損はしている。
茅野愛衣はんの緩急をつけた演技も素晴らしい。特に〈レナト〉と呼ばれる飛行獣に語りかける際の声色は、久しぶりに伊原摩耶花の声を聴けて良かった(褒めてます)。
作画については、背景は素晴らしいと思う。キャラデザ、特に〈マキア〉については、menehuneも愛読する水沢悦子はんの描く女性を連想させる。特段大きく瞳を描かず、これは現在放送中の『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』のキャラデザに通じる。
本作も今後、欧米での上映を意識しているのかもしれない。
ただ、〈マキア〉については、シーンごとに結構顔の造形が違っていたりする。
また、イオルフのあの衣装(公式パンフ!)で入水したら、どうなるのかは「きちんと」描いて欲しかった(笑)のと、レトナで飛行する際の〈マキア〉の衣装がバタついていないあたりが気になったかな。
疑問点。
「10代半ばで外見の成長が止まり数百年の寿命を持つ彼らは、“別れの一族”と呼ばれ、生ける伝説とされていた。
両親のいないイオルフの少女マキアは、仲間に囲まれた穏やかな日々を過ごしながらも、どこかで“ひとりぼっち”を感じていた。」(公式より)
これって、〈マキア〉の出自をもっと明白にしないと、届かないかなあと。
察するに、〈マキア〉は純血、つまり混血ではないように劇中描かれているの様に見えるのだけれど、だったら、なぜ、彼女の出自を説明できる仲間がいないのでしょうか。
ライフサイクルが他民族よりも数倍長いなら尚更。
ただし、両親の面影も知らず、また、子供を産んだことも育てたこともない処女が、外見が変わらないことを息子に悟られながら、母親の真似事を行う。
これらの設定は、上に書いた物語を進める上で大事な要素なので、突っ込んだところで、仕方ないのかもしれない。
マキアの髪の色が劇中(ブロンド→栗毛→ブロンド)変わるのには、何か意味があるのかしら。
イオルフの民は皆あのようなブロンドなので、差別の対象となりかねない、だから染めた、ってことなんでしょうかね。
そのほか、気づいた点や、素直に感じた点を列挙すると、〈エリアル〉が初めて酒を飲まされ、酩酊して帰宅した際、の〈マキア〉とのやり取り。
このまま〈エリアル〉が〈マキア〉を押し倒し、、、って流れを期待したでしょ?
どうせ血も繋がってないんだし、、、なんて展開は薄い本を待ちましょう。
ここは制作側も確信犯的(最近の用例だとOK)に作ってると思う。
説明台詞が多い割りに肝心なところの説明不足が散見、てのは気になるけど、ファンタジーとしてはよく出来てると思う。
ただ、岡田はんの本は、事故で死んだ女の子と話ができる少年を介して、とか、400年以上生きる種族とか、設定で駄目な人もいるわけで、初日、二日目と観てきたが、客の入りはかなり良くないと感じた。時間帯によるのかもしれないが、女子が全滅に近い。興行的には苦戦か。
男子が隠れマザコンの深層心理を抉られ泣きじゃくる、という反応は判る。女子には本作、どう映るんだろう。