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映画『すずめの戸締まり』を観た。〈北の丸公園〉界隈の聖地巡礼追加。


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すずめの戸締まりイメージ画像

©2022「すずめの戸締まり」製作委員会

 

映画『すずめの戸締まり』を公開初日の2022年11月11日、本日観てきました。各劇場とも上映スケジュールが酷いこと(感心)になっていて、配給の東宝を含め、映画産業全体がコロナ禍明け(てはいないのだが)の興行復活をいかに期待しているのかがあからさまに解ります。翻っていかに同業界がコロナ禍で辛酸をなめさせられてきたのかということも理解できるのです。ここで新海先生に起死回生の満塁ホームランを、という期待、分らんでもありません。

 

『すずめの戸締まり』横浜ブルク13の公開初日スケジュール

これはmenehuneが鑑賞した横浜ブルク13の公開初日、11月11日の上映スケジュール。気合入りすぎ! menehuneはあさ7:30の回と、12:40の回の2回鑑賞しました。公開初日の11月11日、公式サイトでネタバレ感満載の最新PV〈行ってきますPV〉が公開されてしまっており、これからの方は観ない方が賢明です。でもこれって公開初日で早くも公式サイドの焦りから公開されたものかもしれません。確かに今までの情報の出し方は抽象的だったかもしれません。
それではここでもネタバレありで鑑賞した印象をまとめておきます。

 

1)新海 誠監督の作品についての印象

映画『君の名は。』イメージ映像

©2016「君の名は。」製作委員会

本作『すずめの戸締まり』は公式サイトほかで「新海誠監督 集大成にして最高傑作」とわざわざ配給の東宝が言ってのけてるんだから、制作サイドの自信は相当なものなのでしょう。「集大成」という単語が思わせぶりではありますが、これをもって監督引退、というわけではないでしょうしね。ただデビューから『天気の子』までのフィルモグラフィーを総括して見せるという思いはあるのかもしれません。

本作含め、相変わらず観客はギャグパートで笑いもせず、しかしながらそうした見せ方は『君の名は。』以降の作品で散見できたほどなので仕方がないのかもしれません。追って書きます。

2)『すずめの戸締まり』のストーリーについて

映画『すずめの戸締まり』イメージ画像

©2022「すずめの戸締まり」製作委員会


映画『すずめの戸締まり』のストーリーについて公式サイトの記載をご紹介します。まずはイントロダクション。

新海誠監督 集大成にして最高傑作

国境や世代の垣根を超え、世界中を魅了し続けるアニメーション監督・新海誠。全世界が待ち望む最新作『すずめの戸締まり』は、日本各地の廃墟を舞台に、災いの元となる”扉”を閉めていく少女・すずめの解放と成長を描く現代の冒険物語だ。

すずめの声に命を吹き込むのは、1700人を超えるオーディションから新海誠が探し出した、たったひとりの才能・原菜乃華。 溢れ出る感情を声にのせるみずみずしい原石に、物語のヒロインを託す。扉を閉める旅を続ける“閉じ師”の青年・草太役には、新海誠が「内面の豊かさ」をオーディションで見出した松村北斗。椅子に姿を変えられてしまう青年という難役を真摯な姿勢で乗り越え、見事に演じ切った。

そして二人を支える、すずめの叔母・環役に深津絵里、草太の祖父・羊朗役に松本白鸚。さらには染谷将太、伊藤沙莉、花瀬琴音、花澤香菜という精鋭キャストが集結。すずめの旅を鮮やかに彩る。

音楽には、新海作品3度目のタッグとなるRADWIMPS。共作として日米の映画やアニメシリーズで活躍する映画音楽作曲家・陣内一真が参加し、本作でしか成しえない最強の布陣で、壮大かつ繊細な冒険映画の機微を表現する。

また、主題歌「すずめ」を唄うのは次世代の逸材・十明。唯一無二の歌声で、物語の昂ぶりを奏でる。

すずめが歩む道の先で待つのは、見たこともない風景。人々との出会いと別れ。驚きと困難の数々。それでも前に進む彼女たちの冒険は、不安や不自由さと隣り合わせの日常を生きる我々の旅路にも、一筋の光をもたらす。

過去と現在と未来をつなぐ、“戸締まり”の物語。
2022年11月11日。その景色は、永遠に胸に刻まれる。


次に同サイトに記載された『すずめの戸締まり』の物語です。

九州の静かな町で暮らす17 歳の少女・鈴芽(すずめ)は、「扉を探してるんだ」という旅の青年・草太に出会う。
彼の後を追って迷い込んだ山中の廃墟で見つけたのは、ぽつんとたたずむ古ぼけた扉。なにかに引き寄せられるように、すずめは扉に手を伸ばすが…。

扉の向こう側からは災いが訪れてしまうため、草太は扉を閉めて鍵をかける“閉じ師”として旅を続けているという。すると、二人の前に突如、謎の猫・ダイジンが現れる。

「すずめ すき」「おまえは じゃま」

ダイジンがしゃべり出した次の瞬間、草太はなんと、椅子に姿を変えられてしまう―!それはすずめが幼い頃に使っていた、脚が1本欠けた小さな椅子。逃げるダイジンを捕まえようと3本脚の椅子の姿で走り出した草太を、すずめは慌てて追いかける。

やがて、日本各地で次々に開き始める扉。不思議な扉と小さな猫に導かれ、九州、四国、関西、そして東京と、日本列島を巻き込んでいくすずめの”戸締まりの旅”。旅先での出会いに助けられながら辿りついたその場所ですずめを待っていたのは、忘れられてしまったある真実だった。

映画『すずめの戸締まり』イメージ画像

©2022「すずめの戸締まり」製作委員会

 

以上が当初公式サイトで公になっていたあらすじですが、その後追加で〈本編で地震描写がある。そして緊急地震速報のアラートが鳴る描写がある〉旨の告知がされました。これをもって本作で起こる災いとは「地震」なんだなということがばれてしまいました。しかしまだ、ここまでならギリギリ大丈夫です。

スタッフとキャストをまとめておくと以下の通りです。

原作・脚本・監督:新海誠
キャラクターデザイン:田中将賀
作画監督:土屋堅一
美術監督:丹治匠
声の出演:原菜乃華 松村北斗
製作:「すずめの戸締まり」製作委員会
制作プロデュース:STORY inc.
制作:コミックス・ウェーブ・フィルム
配給:東宝

キャラクターデザインの田中将賀(たなか まさよし)さんは新海監督作品としては通信教育塾のZ会のCMとして多くの支持を得た『クロスロード』が今でも記憶に残ります。その後記録的なヒットとなった『君の名は。』『天気の子』と連続してキャラデザを担っています。作画監督の土屋堅一(つちや けんいち)さん、美術監督の丹治 匠(たんじ たくみ)さんも過去に新海 誠監督作品に数多く参画している常連ですね。

3)『すずめの戸締まり』を観た印象を思いついたまま書いていく

映画『すずめの戸締まり』イメージ画像

©2022「すずめの戸締まり」製作委員会

【ダイジンの正体は?】
もちろん作中であれの正体は明かされます。本作『すずめの戸締まり』で何ともいい加減に劇中で命名されたこの猫の化け物なのだが、この白猫のような存在の正体は?と思うと同時に新海監督作品で同様なキャラクターが登場した作品として『星を追う子ども』があったことを思い出した。同作におけるネコ〈ミミ〉。新海作品のフィルムグラフィーを通じて、特に狂言回し的存在としての〈生き物〉がフィーチャーされることは多くはありません。『天気の子』でも猫は登場しましたが、あくまで添えもの。新海監督の描くストーリーはとてもざっくりまとめると個人と個人の関わりをスーパーナチュラルを交えながら進行するため、物語を解説するポジションとしての存在が必要なかったからかもしれません。それらはときとして内省的で主人公の独白がその役割を果たしていたからです。特に『秒速5センチメートル』と『言の葉の庭』が顕著です。その〈ダイジン〉だが、劇中におけるトリックスターぶりには最初は怒りを禁じ得ないのだが、〈鈴芽〉同様だんだん憎めないキャラに変貌していくのが不思議です。もっともあれの場合、同業の上位互換〈サダイジン〉が物語後半に登場した事による癒しと改心があったからなのだが。大方が連想されたのは『魔法少女まどか☆マギカ』における〈キュゥべえ〉の存在でしょう。
補足しておくと、〈サダイジン=左大臣〉というのは右大臣よりも位(くらい)が上、かつ大概年上です。また東と西も日出る東が尊重される傾向があり、西の要石だった〈ダイジン〉と東のそれだった〈サダイジン〉とでは格が違うと。このことからダイジンはサダイジンには敵わない設定なのが解りますね。そして監督が適当ではなく、古代の習わしから〈サダイジン〉と命名したことも理解できます。

【〈鈴芽〉と〈環〉の本音のやり取りは〈サダイジン〉の演出なのか?】
〈鈴芽〉の実家までの途上、立ち寄ったサービスエリアで〈鈴芽〉と叔母の〈環〉は言い合いとなりますが、〈環〉の発言は常軌を逸し始めます。辛辣すぎる愚痴を口にする〈環〉、これは少しおかしいと感づき始めた〈鈴芽〉、そして「僕の鈴芽に近寄るな!」的に威嚇を始める〈ダイジン〉。次の刹那、〈鈴芽〉は〈環〉の背後のある存在に気付き思わず訪ねます。「あなたは誰?」。これはダブルミーニングの問いかけで、〈環〉に対して、そして彼女に憑りついている存在に対しての問いですね。そして、それは〈環〉を通じてこう答えます「サダイジン」と。同時に〈環〉は気絶します。これはどういうことでしょう。〈サダイジン〉が〈環〉に憑依して彼女の偽らざる本音を吐露させたのでしょうか?「家から出ていけ! 私の人生返してよ!」あまりにも辛く悲しく愚かなこの言葉を。だとすれば何故〈サダイジン〉はそこまでする必要があったのでしょうか。menehuneはこれからの事態に備え、二人を邂逅させてくおべきと〈サダイジン〉が判断したと解釈しました。

【〈鈴芽〉〈環〉〈芹澤〉〈ダイジン〉〈サダイジン〉という〈草太〉救出隊】
二つの猫の化身は神でもある。(こうなることを踏まえているのだからいい加減でも何でもないのだが)〈ダイジン〉と命名された同僚に対し、「俺はこいつより位も高いし仕事もできる」から〈サダイジン〉であり、〈サダイジン〉は〈草太〉を救うため東北へ赴く〈鈴芽〉に「付いていって下さるのですね」と〈草太〉の育ての親で「閉じ師」師匠の〈宗像羊朗〉から謝辞ともとれる発言を引き出しています。このあたりの流れから察するに、〈サダイジン〉は〈鈴芽〉と〈環〉の葛藤なんてお見通しなんでしょうね。そこで自身が登場する際に二人の間で本音のやり取りを演出した。続けてヒトの言葉を喋ることで、〈環〉と〈芹澤〉に事態の異常性を理解させ、扉を閉めにいくという〈鈴芽〉の言い分をちゃんとフォローします。さらに車中の全員の前でこう宣言するのです。「その通り。ヒトの手で元に戻して」=「我々二体をヒトの手でミミズに突き刺すのじゃ」と。もちろん〈ダイジン〉に言い聞かせる意味もあるでしょうし、事態に懐疑的な〈環〉と〈芹澤〉にもこれから起こるであろう一部始終を覚悟、理解させる必要があったのだと推測します。これをもって〈草太〉救出隊がひとつなったのでは。

映画『すずめの戸締まり』イメージ画像

©2022「すずめの戸締まり」製作委員会

 

【そもそも〈ダイジン〉は正しいことしか言っていない?】
「次の扉が開くよ」「もうすぐ人がたくさん死ぬよ」と、〈ダイジン〉は〈鈴芽〉と〈草太〉、そして本作を鑑賞する者を挑発していきます。しかしどうでしょう。〈鈴芽〉が〈草太〉がトランスフォームされた子供用の椅子をミミズに打ち込まなければ、次の刹那百万の民が罹災したことになるんです。これは劇中では「事実」として描かれますので、〈宗像羊朗〉が彼女に対して吐いた言葉は正しいわけですです。お前が〈草太〉にこだわっていたら、東京の民が百万失われたのだからそれでいいのだと。

前述したとおり、いけ好かないキャラとして登場する〈ダイジン〉ですが、〈鈴芽〉に対する姿勢は真摯であるということは徐々に明らかになります。「話しかけないで!」と言われればしょんぼりして口を閉ざします。物語終盤、今回の列島縦断の旅は「後ろ戸」が開いた場所に彼が案内してくれていた、ということに〈鈴芽〉は気付き感謝の言葉を口にします。そして〈ダイジン〉は色艶よく復活します。しかし、彼はここでも当たり前の事実、石を抜いたらミミズが後ろ戸から出ていってしまうよと〈鈴芽〉に告げますが、〈鈴芽〉は自分が〈草太〉に代わって要石になるといって聞きません。〈サダイジン〉の車中での宣言から遅れ、〈ダイジン〉もここにきて〈鈴芽〉の自己犠牲精神に絆され〈草太〉の救出に協力します。ここでの〈鈴芽〉のセリフ、「お前!」は、宮崎アニメへのオマージュポイントですよね。そして力尽き、自分は〈鈴芽〉の子供にはなれなかった。〈鈴芽〉の手で元に戻して、と言い残し要石になります。最初はいけ好かないキャラにもかかわらず、最後に見るものすべてが落涙するシーンです。

 

映画『すずめの戸締まり』イメージ画像

©2022「すずめの戸締まり」製作委員会

 

【鈴芽の印象について】
〈すずめ(鈴芽)〉の苗字は〈岩戸〉であり、もちろん〈天の岩戸〉と無関係ではあるまい(あくまで字面上)。天の岩戸とは説明するまでもないでしょう。この〈鈴芽〉なんですが、最初のうちの印象は「ええええええええ!」と奇声を上げてばっかりのリアクションしかないつまらないキャラクターだなというものでした。しかも声を当てている俳優さんの演技も上手くない印象。でもこれは初回の鑑賞の印象で、2回目のそれは「ええええええええ!」以外は慣れました。コンプラ順守なのかまったくもって制服のスカート丈が膝下くらいまで下がってしまった点は、ストーリー展開からしてみたら当然なのですが、途中から丈の長いキュロットスカートに衣装チェンジしてしまいます。よって『君の名は。』であったパンチラなどは期待でません。※追記:そう見えなくもないシーンがフェリーのデッキでありますよね。キモ。

【行ってきます。の意味】
本作『すずめの戸締まり』にはいくつかの宣伝用コピーが採用されていますが、そのヘッドコピーと言っても差し支えない〈行ってきます。〉は新海監督のジュブナイル作品『星を追う子ども』のラストシーンで主人公の〈アスナ(明日菜)〉が母に向かって放つ言葉として印象的に使われています。実はこの〈行ってきます。〉という単語自体は新海作品では多く使われていることを覚えているでしょうか。『君の名は。』では主人公の〈三葉〉と妹の〈四葉〉も通学時は口にするし、『天気の子』でも然り。前述した『言の葉の庭』と『秒速5センチメートル』の内省的な作品では採用を見送っています。新海監督が多用するこの挨拶〈行ってきます。〉の意味することは余りにも日常的に使用されるため忘れがちですが、今までの様々なしがらみから決別し、新しいスタートを切るために自身を鼓舞するための呪文です。新海監督の作品群に通底するテーマは過去と喪失への惜別と成長を伴う旅立ち(と帰還)であり、その決意表明とも言えるキーワードが〈行ってきます。〉なのでしょう。そう考えると 後者2作で用いられなかったことは腑に落ちます。

クライマックス、〈鈴芽〉の故郷、北陸の地の人々の声を聴き、さらに〈サダイジン〉に聴いてもらうため〈草太〉と〈鈴芽〉は祝詞を唱えます。すると聴こえてくるあの日の市井の人々の「行ってきます」「行ってらっしゃい」。。。度重なるオーバーラップの最後のシーンが〈鈴芽〉と母親〈椿芽〉のそれだったことは数度見てやっと気づきました。

4)『すずめの戸締まり』を観て気になった点

映画『すずめの戸締まり』イメージ画像

©2022「すずめの戸締まり」製作委員会

【イケメンなのはいいとして】
〈鈴芽〉がなぜあれほどに〈草太〉に対してこだわるのか、特に〈要石〉に彼がなる件まで。その辺りの動機が少し弱い気がしましたが、複数回見直すと、そんなことはないですね。お互いが自己犠牲の心持ちでことに臨んでいるんだから。

【EDテーマは映像演出込みで断然ラッドに軍配】
本作のエンディングテーマはアニメーションの演出込みで二部構成となっていて、最初のパートがRADWIMPS。二曲目が主題歌でもある「すずめ」で、唄うのは〈十明(とあか)〉さんという女性ボーカルだけれど、ラッドの楽曲が映像とのシンクロ込みで泣けるのに対して、彼女の歌唱は入ってこなかったですね、menehuneの心情には。その大きな要素として、「ラン、ランラ、ラ、ランランラン」というリフが挙げられます。これって、大方の方は気付いたでしょうが、『風の谷のナウシカ』で様々な編曲で劇中フィーチャーされたあれですよね。実はあのリフにも原曲があるんですが、これの既視感(既聴感)があって、ダメでしたね。

【さすがに幼児はそこまで言わない】
神戸のシングルマザーと思しきスナックのママ〈ルミ〉の子守に奮闘する〈鈴芽〉だが、体力、気力ともに限界。。。見かねて助け舟をかってでる〈草太〉。最新AI搭載の椅子に向かって双子のきょうだいがAIスピーカーよろしく質問を投げかけるシーン。「今日の株価は?」はさすがにないんじゃね、とかね。ここは滑ってましたねえ。

 

5)『すずめの戸締まり』の作画と演出について

映画『すずめの戸締まり』イメージ画像

©2022「すずめの戸締まり」製作委員会

【劇中歌・劇伴について】
以前の新海作品の雑感でも書きましたが、この監督は劇中の物語展開を劇中歌の歌詞で説明しすぎ、という点に関しては、ここに指摘されたからではないだろうが、本作ではすっかり息をひそめ、インスト中心のOST(劇伴)となっています。音楽担当がラッドだけでなくなった効果でしょうが、その代わりと言っては何だけど、往年の名曲歌謡がこれでもかと使われる展開には少し引きました。翻るなら、監督もラッドも相応に歳をとった。『君の名は。』のようなアニメーションと劇中歌の痺れるような融合は今後はもう望めないんだろうな、という諦観。
すでにそうしたドラマチックな劇伴構成ができる新海フォロワーが出てきてもおかしくないんでしょうけれど。

【今作でも京アニOBのクレジットが】
新海監督の前作『天気の子』で作画にクレジットされた京アニOBの植野千世子さんが本作『すずめの戸締まり』でもクレジットされており、加えて本作は秋竹斉一さんも原画に携わっていますね。山田尚子さんの退社は記憶に新しいですが、同社の動向も気なるところです。

【本作でも京都アニメーションの影響が?】
作画に京アニOBの植野千世子さんと秋竹斉一さんが参加していることは書きましたが、『天気の子』劇中の枕投げシーン(『けいおん!』オマージュだと新海監督が白状しています)同様、本作でも京アニの影響かなと感じた作画、演出パートを挙げてみます。あくまで私見ですが、植野千世子さんの作画パートだな、と感じた場面は、フェリーで〈鈴芽〉が目覚めてから朝日に輝く光景を見て「ワクワクする」と呟く箇所と、民宿の娘〈千果〉と床につく際の一連の会話のやり取りパートでしょうか?いずれも髪を束ねていない〈鈴芽〉の長髪が印象的に描かれていますね。

これ以外に京アニの影響が窺える作画、演出は、民宿の朝食時にTVに映る〈ダイジン〉を観て驚愕するシーンの〈鈴芽〉の口の形。あののこぎりみたいな形は京アニが手掛けた『響け!ユーフォニアム』作中〈吉川優子〉のユーモラスな表情を彷彿とさせます。さらに、ヒッチハイクを試す〈鈴芽〉がふくらはぎをもう片方の脚でさするような仕草、これは京都アニメーションの『けいおん!』で当時の山田尚子監督が得意とした、主に恥ずかしさの表現へのオマージュではないでしょうか。同様の演出は彼女が手掛けた他の作品でも見受けられたような記憶があります。

映画『すずめの戸締まり』イメージ画像

©2022「すずめの戸締まり」製作委員会

【火のない煙草の意味することは】
物語途中から登場する〈草太〉の友人〈芹澤〉は結構なヘヴィースモーカーとして描かれますが、大方の事象が終了した時点で〈鈴芽〉の叔母である〈環〉の傍らに立つ彼は火の付いていないタバコ(マルボロ:電子タバコではないですよ)をふかしているのですが、これはすでに二人の間に何らかの感情が芽生えている証左とmenehuneは察しました。サービスエリアでの件、扉の向こうに消えた〈鈴芽〉が〈草太〉が帰還した出来事を通じて、救出隊の一員として巻き込まれた二人には。。。可哀そうなのは漁港で帰りを待つ〈稔〉なのですが。

 

【喫煙シーンを迷わず描く】
現代、洋邦問わず喫煙シーンはオミットされるのがごく普通のハードル、またはコンプラ案件なのかもしれません。しかしながら新海作品では劇中の登場人物がタバコをくゆらせるシーンは比較的多く見受けられますね。監督ご本人が喫煙者かどうかはともかく、実写、アニメを問わず、映画における喫煙シーンがmenehuneは好き。青少年が観るとか、そんなことは関係ないんです。

【集大成的演出】
本作『すずめの戸締まり』では、公式が喧伝する通り、新海 誠監督の集大成(マンネリ)的な演出が要所にちりばめられており、それはタイムラプス的な固定カメラによる時間経過の早送り演出だったり、『君の名は。』で多用されたスライドドアの開閉によるカットの区切り、実写映画における〈カチンコ〉的役目を果たす演出などが見て取れますね。

小説 すずめの戸締まり (角川文庫)

6)『すずめの戸締まり』最大の問題点。

※ネタバレ含みます。〈鈴芽〉たちが〈ダイジン〉を追いかけるうちに日本列島を縦断する旅が始まり、新海監督作品としては珍しいロードムービー的展開が本作『すずめの戸締まり』の見せ場の一つです。行く先々で描かれる人情劇にはほろっとさせられ、お約束の食事シーンで描かれる料理の美味しそうなことと言ったらありません。不思議なことにそれらの繰り返しにより〈鈴芽〉に対する拒絶反応も薄れていきます。
ちなみにこの日本縦断ルートですが、1箇所を除き大きな震災被害に見舞われた地域であることはいうまでもありません。宮崎(実際は佐賀・含熊本)、愛媛、神戸、東京、そして三陸です。『君の名は。』で隕石、『天気の子』では大雨、そしてついに禁断の地震ネタへ新海監督は足を踏み入れたのです。〈鈴芽〉が4歳だった頃。公開時世の物語世界から11年前の〈3.11〉に起こった出来事が物語のキーとなっています。更地が自然に還る現地と、高くそびえる防潮堤。そうか、もうあれから11年も経ったんだと気づくと共に、あの出来事、〈東日本大震災〉をこうしたドラマのネタとして扱えるようになったのだなとつくづく思います。

映画『すずめの戸締まり』イメージ画像

©2022「すずめの戸締まり」製作委員会

 

要石とされてしまった〈草太〉を救うために〈鈴芽〉は過去に自身が迷い込んだ〈常世:とこよ=死の地〉へ通じる「扉」を見つけそこから〈常世〉へアクセスしなければならない。そう〈草太〉の師匠から教わった〈鈴芽〉は実家のあった三陸へ赴くことを決意します。そこは〈鈴芽〉が繰り返しうなされていた夢の世界へも繋がる旅です。〈3.11〉被災直後の現地を連想させる業火の描写は少なからず不謹慎という声はあるでしょうが、物語で描かれるように人心を昇華させていくことを認め、許すということが本作のテーマでもあるのだから、うまい逃げ場を設けているとも思います。いずれにしても、あの2011年当時は誰もが〈3.11〉を想起させる物語なんて見たくもなかったことは確かだし、あれから11年経ったからこそ実現した企画なのでしょう。それこそ東宝的にもコンプライアンス上細心の注意を払って企画を通したのでしょう。本作で登場する廃墟にしたところで、人の欲と金で構築され、結果さびれた廃墟と、自然に翻弄された結果生じた三陸の廃墟とでは似て非なるもの。でもこの辺りは物語としては手を打っていて、自然現象により手がつけられなくなった廃墟の例をもう一つでっち上げてはいます。公式サイトでは聖地巡礼に対する注意書きもありますが、劇中登場する廃墟ってあまり意味をなさないというか、実際の現場へ行きたい人がいるのかはちょっと微妙です。だってそもそも存在しない場所も多いし、行ってもさほど魅力的な場所とも思えないんですよね。

それと、この〈3.11〉ありきの物語って、『すずめの戸締まり』を海外上映する際の足枷にならないんですかね。国内在住の民ですら少し忘れてきているのに、海外のオーディエンスは物語世界を理解できるのか、少しだけ(いや、結構)心配です。
翻って、国内各メディアも、あの「震災」がテーマに絡んでいるわけだから、少なからず躊躇はするでしょう。どれだけマスコミ(インフルエンサー)に取り上げられるかも、興行に繋がる不安要素ではありますね。だって保身を担保した上での感想になるんだから。前二作のような前提で感想を言えるのかな、彼らと彼らの僕(しもべ)は。それこみで業界にある程度の覚悟が醸成されていたらいいなと。

7)『すずめの戸締まり』雑感まとめ

映画『すずめの戸締まり』イメージ画像

©2022「すずめの戸締まり」製作委員会


若干追記するかもしれませんけど、書きたいことは書けたかな。といいますか、初回の更新からかなり追記済みです。ラストシーン近くの〈草太〉のセリフです。

ヒトの心の重さがその土地を鎮めている。
それが消えて「後ろ戸」が開いてしまった場所がまだある。
戸締まりしながら東京に戻るよ。

と言い残し、〈鈴芽〉への謝辞も加え列車で去っていきます。ここの「ヒトの心の重さ」とは何でしょう。それが消えると「後ろ戸」が開くとはどういうことでしょう?言い換えればヒトの記憶が失われると、悲劇が繰り返されるということでしょうか。その場所に生き、記憶を紡いだ人々の感情、声を聴き、鎮魂することで更に記憶を後世に紡いでいく。それこそが「閉じ師」の役目なのでしょう。奇しくも2011年3月11日は本作公開日同様、11日の金曜日でした。意識はしたのかもしれませんね。


新海 誠監督の映画『すずめの戸締まり』は年末からお正月映画にも食い込む可能性を秘めた意欲作と言えるでしょう。個人的にはもう少しエロ要素があったらよかった。とは言いつつも、戸締まりを終えた直後の〈鈴芽〉のスカートの翻る様とか、観覧車から宙ぶらりんになる〈鈴芽〉の真下からのカメラアングルなど、ヘンタイ心をくすぐる見せ方はよかった。

 

suzume-tojimari-movie.jp

 

8)〈北の丸公園〉界隈の『すずめの戸締まり』聖地巡礼追加

今作『すずめの戸締まり』の聖地巡礼に関して興味はないと書きましたが東京都内で廃墟でないエリアなら手軽ですので、2か所周ってきました。半分は推測ですが。※その後ほぼ確信へ。

映画『すずめの戸締まり』聖地巡礼画像

一か所目がここ。清水濠(しみずぼり)です。東京の「後ろ戸」から湧いて出たミミズを失意のうちに鎮め、〈ダイジン〉に包まれながら落下、着水するシーンの舞台ではないでしょうか。清水門と竹橋の中間あたりの場所です。白い円筒が印象的なパレスサイドビルが目印ですね。清水門の画像は撮りませんでしたが、「後ろ戸」を想起できなくもない、といった感じでした。

映画『すずめの戸締まり』聖地巡礼画像

もう一つの舞台モデルではないかと推測するのが〈千代田トンネル〉の千鳥ヶ淵交差点側の入口です。路側帯に避難通路があり、地上に上がる階段が備えられています。東京の地下に存在した「後ろ戸」で目が覚めた〈鈴芽〉が要石と化した〈草太〉を見つけ、〈ダイジン〉をなじったあと地上に向かうシーンです。トンネル上部の行き先を確認すれば真偽のほどが分りますよね。次観る機会があれば確認してみましょう。※合ってましたね。

映画『すずめの戸締まり』聖地巡礼画像

フェンス越しではありますが、路面より数段高くなった避難通路が確認できます。皇居外周の首都高トンネルでこういった仕様が確認できるのはここだけではないでしょうか?しかしながら雑草が生い茂り、視界が効きません。

映画『すずめの戸締まり』聖地巡礼画像

映画の公開に合わせて、というわけではなかろうが、2022年11月、これから雑草の撤去と清掃が入るそうなので、その後は千鳥ヶ淵派出所脇あたりからが撮影ポイントになりそうです。

映画『すずめの戸締まり』聖地巡礼画像

非常階段を登り切り、〈鈴芽〉が目にした景色です。先に紹介した同じ日に撮ったもので、これは派出所脇から千鳥ヶ淵を撮影したものですが、ほぼ劇中のシーンを再現できています。


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